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東京高等裁判所 昭和30年(行ナ)48号 判決

原告 和田健治郎

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、特許庁が同庁昭和二十八年抗告審判第一〇六五号事件につき昭和三十年十月十八日にした審決を取り消す、訴訟費用は被告の負担とする、との判決を求め、その請求の原因として、

一、原告は「羽二重」の文字を縦書して成る商標につき、第四十三類「餠其他本類に属する商品」を指定商品として、昭和二十二年十一月二十四日に特許庁に対し登録出願をしたところ、昭和二十三年十月二十七日拒絶査定を受けたので、同年十一月三十日に抗告審判の請求をし、同抗告審判に於て前記査定を取り消し、原審に差戻す旨の審決がされた。然るに原告は昭和二十八年五月三十日再び拒絶査定を受けたので、同年七月六日抗告審判の請求をし、同事件は特許庁昭和二十八年抗告審判第一〇六五号事件として審理された上、昭和三十年十月十八日に抗告審判の請求は成り立たない旨の審決がされ、その審決書謄本は同年十月二十七日に原告に送達された。右再度の審決はその理由として、「羽二重餠」は辞書にも記載されてあり、福井市及び福井県の一部で十四、五名の者が「羽二重餠」と言う標章を使用しているから本願商標は慣用標章であつて、登録することができない、としている。

二、然しながら右審決は次の理由により不当である。即ち

(イ)、特許庁は最初の拒絶査定をした審査官中谷正之助をして差戻後の審査をさせ、同人は再び拒絶査定をしているが、右は商標法第二十四条により準用される特許法第七十一条に違反し、同法第九十一条所定の除斥原因ある審査官に同一事件につき再び査定をさせたこととなり、従つて再度の拒絶査定はその抗告審判に於て破毀されるべきであるに拘らず、審決が之を看過したのは違法である。

(ロ)、審決は、本願商標が慣用標章であるとの認定をするにつき十分審理を尽していない。即ち審決の挙げた標章使用者は原告を除き、いずれも本件商標登録出願後に使用を開始した者であるが、右商標は出願人たる原告に於て多年に亘り宣伝した標章であるに拘らず原告の使用が出願後に係るものであるとし、慣用標章と認定したのは誤つたものであり、何時頃から使用したかの点につき審理が尽されていない。

(ハ)、原告は、明治三十年頃から商品餠につき「羽二重」の文字を使用し、取引者及び需用者間に広く認識された周知標章権者であるに拘らず、審決はその点に関する保護につき何等審理をしていない。

三、よつて原告は審決の取消を求める為本訴に及んだ。

と述べ、尚本願商標の審査につき差戻後の審査を前審査官がしたことは行政機関の行為であるから違法でないとの被告の後記主張に対し、除斥原因の有無は申立又は職権で調査審判すべき事項であるから、このような強行規定を自省規定であるとする被告の主張は失当である、と述べた。(立証省略)

被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、

原告の請求原因事実中一、の事実を認める。

同二、の(イ)の主張につき、特許制度上審判と審査とはその準司法性において種々の点で段階的な差異があることは当然であつて、特許法第百二十一条に於て審査につき再審が認められていないのも之が為である。審査官に同法第九十一条の審判官の除斥制度が準用されているけれども、この準用による審査官の除斥は審判官の除斥制度程重大な意味のものではなく、行政機関の単なる自省規定と言う程度の意味のものであつて、之に違反したからと言つて直に査定の結果が無効に帰するものではない。まして除斥については、当事者は手続の一定の段階においてのみ除斥申立の機会が与えられているのであつて、本件に於て、原告は右の主張をすべき時期を徒過しているから、右(イ)の主張は理由がない。

同二、の(ロ)の主張につき、本件登録出願前から羽二重のように肌を滑かに搗いた餠及び之に類する菓子の類につき「羽二重」と言う標章が使用されていることは公知の事実であり(乙第一乃至第三号証の各一、二参照)、又このような標章が福井市を中心とする右商品の製造販売業者間に於て広く使用されているから(乙第四乃至第七号証参照)、右に反する原告の主張は当を得ないものである。尚商標法第二条第一項各号所定の事由判定の基準たる時期はその事由の性質により差異があるものと解すべきであり、本件のような慣用標章であるかどうかの公益的な事由は審理終結の時に判断の基準を置くのが当然であつて、審決は少くも審理終結時迄に本願商標が慣用標章であつたものと判定して本件登録出願を拒否したのであるから、この点から見ても審決が本願商標が慣用標章であると認定するにつき原告主張のように審理を尽さなかつたものとすべきではない。

同二、の(ハ)の主張につき、商標法第二条第一項第八号所定の周知標章たる為には同号にいわゆる他人がその商標を使用する唯一の者であつて、他に之を使用する者がないと言う事実と、その商標が取引者及び需要者の間に広く、即ち特定の限られた地域でなく広く認識されていると言う事実の存在を必要とするのであるが、原告は之等の事実につき何等の立証もしておらず、却て原告以外の者がこの商標を古くから使用した事実が存するのであるから、右原告の主張も理由がない。

と述べた。(立証省略)

理由

原告の請求原因事実中一、の事実は被告の認めるところである。

先ず原告の請求原因二、の(イ)の主張につき審案するに、特許法第七十一条により審査官に準用される第九十一条第六号に於ていわゆる前審干与を除斥原因としている理由は前審の査定、審決又は裁判に干与した者がその上級審に干与するときは審級制度を無意味ならしめる結果となるので、このような結果を避ける為に外ならないものと解せられるところ、抗告審判で事件を原審に差し戻した場合に差戻前の査定をした審査官が差戻後その事件の査定に干与しても前記の審級制度を無意味ならしめる結果は起り得ないものと解せられるから、このような場合は前記のいわゆる前審干与には該当しないものと解さなければならない。然らば本件商標登録出願に対し最初の拒絶査定をした審査官が差戻後本件の審査に当り再び拒絶査定をしたことを以て前記特許法第七十一条第九十一条第六号に違背したものとし、審決が之を看過したのを違法であるとする原告の右主張は失当と言わなければならない。

よつて審決の言うように本願商標が慣用標章と同一のものであるか否かにつき審案するに、成立に争のない乙第五及び第六号証によれば、本件商標登録出願前から商品餠の一種に「羽二重餠」という名称を附することが福井市を中心とする菓子製造販売業者間に普通に行われていることが認められ、右認定を動かすに足る資料は存しない。然らば「羽二重」の文字は右商品に慣用する標章であると解すべく、従つて本願商標は同一商品に慣用された標章と同一であるから、商標法第二条第一項第六号に該当し、その登録は拒否されるべきものとしなければならない。

原告の請求原因二、の(ロ)及び(ハ)の主張につき、前記乙第六号証によれば、商品餠につき前記「羽二重」の名称は明治末期頃から原告以外の者によつて最初に使用されたことが窺知せられ、その後福井市を中心とする前記業者間に慣用されていることは前記の通りであつて、右認定を覆えし原告主張のように原告のみが右標章を使用し、取引者及び需要者間に広く認識されているということを認めさせる何等の証拠もないから、右主張は認容することができない。

然らば審決が上記と同旨の理由の下に本件登録出願を排斥したのは相当であつて、原告の請求は失当であるから、民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決した。

(裁判官 内田護文 原増司 高井常太郎)

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